n1 blog-11 就業規則の点検(2)

◎服務規律は必要かつ十分に、適正に規定し、規定に則って運用されていますか

 今回は、就業規則の相対的必要記載事項、その中でも服務規律に関する規定についてお話ししたいと思います。

 就業規則には二つの側面があると言われています。一つは、使用者の義務と労働者の権利を定める側面です。10名以上の労働者を常時使用している使用者の就業規則の作成義務は、使用者に労働基準法に定める基準以上の労働条件を提供する義務を課しているといえます。他方、労働者は、就業規則に定める賃金などを受領する権利を有します。なお、10名未満の使用者は、事務負担などを考慮して就業規則の作成が義務付けられていないだけで、当然に労働基準法に定める基準以上の労働条件を提供する義務があり、労務トラブルを未然に防止する観点などからも就業規則を作成することが望ましいと言えます。
 もう一つは、労働者の義務と使用者の権利を定める側面です。労働者は使用者と合意した労働契約の内容で労働を提供する義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うものとされており、使用者は労働者から債務の本旨に従った労働の提供を受ける権利を有しています。
 この就業規則が有する二つの側面は、過去の判例や労働契約法の6条・7条・3条に示されています。第6条「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」、第7条「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」、第3条4項「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。」5項「労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。」。

 労働者(従業員)の義務である労働の提供については、個々の労働者が秩序なく提供しても、生産性や成果は上がりません。そこで組織的かつ規律ある事業活動を行うために、職場のルールを定め、ルールに従って労働を提供してもらう必要があります。この労働者(従業員)が遵守べき義務やルールを定めたものが就業規則の服務規律です。就業規則が職場のルールブックなどと言われる所以です。
 この服務規律は、定めのある場合に就業規則に記載しなければいけない相対的必要記載事項です。服務規律は、法令に基準があるわけではなく、個々の企業・事業所が独自に、労働者(従業員)のあるべき姿や取るべき行動といった「行動規範」などを定めるものです。この服務規律の内容の充実と労働者(従業員)への定着が、企業秩序の維持や事業の円滑な運営などを実現し、組織内の諸問題の解決につながる手段にもなります。

 服務規律に定める従業員の義務は、次のように整理できます。
1. 労働時間中の義務 ①労働提供義務「単に出勤するだけでなく、労働契約の債務の本旨に従った労務を提供する義務」 ②業務命令遵守義務「従業員が、その職務を遂行することについて、法令に従い、かつ、会社の指示や指揮命令に忠実に従う義務」 ③職務専念義務「労働時間中は、職務の遂行に当たっては、その労働時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、全力を挙げてこれに専念する義務」
2. 会社施設内における義務 ①環境維持義務「職場における規律と協働を維持する義務」 ②施設管理権に服する義務「会社の許可なく、会社の施設・物品を業務外に利用したり、持ち出したりしない義務」
3. 会社内外における義務 ①秘密保持義務「在職中や退職後において、営業秘密等の企業秘密や個人情報を漏えいさせないよう管理する義務」 ②信用保持義務「職場外、勤務時間外においても会社の信用を失墜させ、又は会社全体の不名誉となるような行為をしない義務」
4. 会社外における義務 ①競業避止義務「会社経営と競合するような取引を他社と行わない義務」 ②兼業届出義務「会社に届け出ずに自社以外の会社に雇われない義務」 
 これらの職場専念義務や信用・秘密保持、職場環境維持義務は、規定していなくても労働契約上従業員として負う義務が発生するため、これらに違反する場合は債務不履行として普通解雇の対象になり得ます。
 しかし、会社には解雇事由明示義務があるため、規定が必要です。この場合に規定すべきものは雇用契約上当然に発生する従業員の義務のみならず、就業規則に規定して初めて規制し得る会社独自のルールです。就業規則に規定しないと、トラブルに発展した場合に対処できないこととなるため、該当する事例をなるべく具体的に記載するこが望ましいでしょう。(「リスク回避型(7訂版)就業規則・諸規程 作成マニュアル」岩﨑仁弥・森紀男共著、より引用)

 このように服務規律に定めるべき内容は多岐に渡ります。「行動規範」とともに、不適切なSNSの発信などによる信用失墜行為や個人情報・営業秘密の漏えいなど、企業の信用や存立に大きな影響を与える不適切な行為を禁止する規定を盛り込んで、従業員に注意喚起することが必要です。ただし、例えば、競業避止義務は、競業避止の範囲(期間や地域など)が合理的な範囲にとどまっていないと、職業選択の自由などに抵触しますので、服務規律を定めるにあたっては、規定の必要性や内容の相当性などを考慮して、変更の合理性を否定されないようにしなければなりません。 
 また、副業・兼業、在宅・リモートワーク、ジョブ型正社員(限定正社員)など、社会経済情勢の変化や国の政策の動向を踏まえて、自社の人事労務戦略として新しい働き方などを導入する際には、服務規律についても規定の見直しや新設の検討を行なっていくことが必要です。この場合、就業規則(服務規律など)の変更(追加・強化)は、労働条件の不利益変更の問題が生じることがありますので、規定の新設・変更の必要性や内容、手続きなどは十分に検討した上で進めることが必要です。
 他方、従業員にとっても、「行動規範」及び禁止行為や報告義務、就業上の各種手続きなどが定められている服務規律は、迷うことなく取るべき行動を示してくれる有益なものです。

 このように服務規律を適正に定めることは非常に重要です。作成した服務規律(就業規則)は、効力発生要件である「周知」を行なって「行動規範」等の定着を図ってください。「周知」については法令で定める方法にとどまらず、就業規則の作成・変更や採用後の研修などの機会をとらえて勉強会を開催し、従業員の理解を深めることが望ましいと言えます。特に、管理職や人事担当者は、服務規律をはじめとする就業規則に精通していないと、適正な部下指導や就業規則の運用ができません。例えば、有期雇用契約の更新に3年の上限規定を設けていても、運用を疎かにして3年の上限を超えて雇用されている従業員がいれば、規定に基づき契約終了とした従業員から不当な雇止めであるとの申立てがなされる恐れや、裁判などで実際の運用状況を根拠に上限規定を否定される恐れがあります。就業規則は適正に定めるだけでなく、規定に則って適正に運用することがとても重要です。
 もちろん、就業規則は企業秩序の維持やコンプライアンスを遵守させるための一つの手段にすぎません。あらゆる人事・労務管理上の課題に対しては、就業規則を土台にしながら、他の人事・労務戦略なども合わせて実施することで、ハラスメントのない、従業員が心身ともに健康で持てる力を発揮し自身の成長を実感できる、コミュニケーションのある職場を作ることが、とても大切だと思います。
 
・以上、服務規律に関する主なチェックポイントは次のとおりです。
 □ 従業員のあるべき姿や取るべき行動など、「行動規範」を規定していますか
 □ 採用(内定を含む)から退職後までの労働者(従業員)の義務(手続きを含めて)は網羅されていますか
 □ 想定されるリスクがもれなくリストアップされていて、未然防止の規定が網羅されていますか
 □ 懲戒処分にもつながる禁止規定などの内容は、規定の必要性や内容の相当性、合理性などを十分検討しましたか
 □ 服務規律の変更(追加・強化)は、労働条件の不利益変更です。今回の服務規律の変更は、労働契約法10条(周知、不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉状況等)などの観点から見て、合理的な変更といえますか。
 □ 服務規律(就業規則)は法令に定める周知を行うとともに、服務規律に関する勉強会を開催していますか
 □ 管理職は服務規律を理解し、部下指導などにおいて、服務規律を適正に運用していますか
 (以下、その他の相対的必要記載事項に関しても留意すべきポイント)
 □ 雇用形態毎(正社員、契約社員、パートタイマーなど)に適用される規定(条件)が異なる場合は、雇用形態毎に区分して規定されていますか
 □ 雇用形態毎(正社員、契約社員、パートタイマーなど)の規定は、労働条件や労働実態(職務内容及び変更の範囲など)からして、不合理な待遇差(*)が生じていませんか  (*)パートタイム・有期雇用労働法の均衡・均等待遇の原則については、また別の機会にお話ししたいと思います。

 【画像は、ラグビートップリーグで善戦が続いている「三菱重工相模原ダイナボアーズ」のホストスタジアム「相模原ギオンスタジアム」に架けられたチームのエンブレムです。】