n1 blog-8 自律した社員が自らの力で仕事を進めていける環境を作るには



◎お勧め経営書
『社員の力で最高のチームをつくる〈新版〉1分間エンパワーメント』
ケン・ブランチャード、ジョン・P・カルロス、アラン・ランドルフ著 
星野佳路 監訳 御立英史 訳

 「社員が指示待ちで、自ら考え行動してくれない。」「モチベーションが低く、課題に前向きに取組んでくれない」「社員がなかなか定着しない」といった悩みを抱えている経営者は少なくないと思います。監訳者の星野佳路社長もこうした経営者の一人でした。星野社長は本書を教科書として、提唱するプロセスを実践し、改革を進めることで組織を変革し、社員の意識を変えることができました。この実践の過程などについては、「星野リゾートの教科書 サービスと利益 両立の法則」(中沢康彦著)で伺い知ることができます。星野社長も影響を受けた本書の著者は、世界的なベストセラー「1分間マネジャー」などで知られるケン・ブランチャードです。
 エンパワーメントは、自律した社員が自らの力で仕事を進めていける環境をつくろうとする取り組みです。本書では、社員が持っている知識や経験や意欲というパワーを解き放ち、目標達成のために遺憾無く発揮させる具体的な方法論を、一人の経営者が学んでいくストーリー仕立てで紹介しています。
 前半は、エンパワーメントに必要な「3つの鍵」について説明しています。
 第1の鍵は、全社員と正確な情報を共有することです。情報とは、利益はどれだけ上がっているのか? コスト管理はできているのか? 予算の進捗状況はどうか? マーケットシェアは? 生産性は? 不具合や問題は発生していないのか?・・・正しい意思決定をタイムリーに行うために必要な情報、つまり経営者が必要としている情報です。このような重要な情報を社員と共有することは、社員への信頼を伝える一番の方法であり、社員は正確な情報を持っていなければ責任ある仕事をすることができない、正確な情報を持っていれば責任ある仕事をせずにはいられなくなると考えます。社員に会社の状況をはっきりと理解させ、組織全体に強固な信頼感を醸成する、社員に責任感を持たせ自分が経営者になったつもりで行動することを促すことを目的とした情報共有です。

 第2の鍵は、境界線を引いて自律的な働き方を促すことです。自律した働き方を促進する境界線は、次の6つです。①目的(Purpose):われわれの事業は何か? ②価値観(Values):事業を進めるにあたっての指針は何か? ③イメージ(image):どんな将来像を思い描くのか? ④目標(Goals):何を、いつ、どこで、どう達成するのか? ⑤役割(Roles):だれが何をするのか? ⑥組織の構造とシステム(Organizational Stracture and Systems):仕事をどう位置づけ、どう支えるのか?
 具体的にはトップが、会社についての説得力あるビジョンの素案を描くことから始めます。説得力あるビジョンとは、全社員が思い浮かべる明日の会社の姿のことです。社員のニーズや欲求、価値観、信念を簡潔な言葉で示し、社員を知的にも感情的にもひとつに結びつける役割を果たします。この説得力あるビジョンは、上記の境界線の①〜③と関係があります。そこには会社の未来像、つまりイメージが描かれています。そのイメージが組織の目的(われわれの事業は何か)を示し、目的達成のために社員の行動を導く価値観を定義します。
 エンパワーメントは全社員が参加するプロセスですから、まずは経営陣が会社の進む方向を明確に定義し、全社員でそれに磨きをかけ、全社員がビジョンについて深く理解することが必要です。そして会社のビジョン(全体図)を、社員各人にとって意味のある役割と目標(部分図)に落とし込んでいきます。会社が大切にすべき価値、全社員が大切にすべき価値は何か、全社員の行動をこの価値にもとづいた自律的なものに変え、会社のビジョンを実現に至らしめることを理解する。そのうえで、この価値観を実現するためのルールを全社員で定めます。これまでの組織構造やシステムが、価値観の実現やエンパワーメントの役に立つものとなっているか検証して見直し、①〜⑤の境界線の実行を確実にしてくれるものとします。その結果社員には、合意された境界線の中で、自律した行動をする自由が提供されると同時に、結果に対する説明責任が生じることになります。
 こうしたプロセスで助けとなるが、第1の鍵の情報共有によって培われた信頼関係です。信頼関係があれば社員は率直で忌憚のない意見を述べ、話し合い、合意し、行動することができるのです。
 
 第3の鍵は、階層思考をセルフマネジメント・チームに置き換えることです。競争や市場環境の変化が目まぐるしいなかでは、組織をスリム化して顧客に近づき、顧客の要求に応えながら、同時に内部統制を効かせて会社の利益も守らなくてはなりません。こうした対応は、古い階層組織、とくに階層思考が染みついた組織にはできません。動きが遅すぎ、手続きも面倒であるからです。そこでこれまで階層組織でやっていたことの多くをエンパワーされた社員からなるチームで対処すること、”セルフマネジメント・チーム”で行うことが有効であると考えます。ただし、組織のいちばん下の階層の社員も、それまで管理者の仕事だった責任を引き受けることになることから、意思決定し実行することを学ぶことが必要となります。そこでマネジャー(上司)の指示的なリーダーシップも、仕事の仕方を教えることから、上司に頼らないで仕事を管理する方法(問題解決の方法、会議の進め方、チーム運営、対立の扱い方など)を教えることにシフトします。初期において、マネジャーは、セルフマネジメント・チームを機能させるために、方向を示して導いてくれるようないくぶん強いリーダーシップの発揮が必要です。そしてゆっくりと、マネジャーだけがやっていた仕事をチームがやりだし、マネジャーはファシリテーターやコーチのような役割を担うことになります。ただ、マネジャーのやることが少なくなるわけではありません。マネジャーは、戦略的計画の立案、お客様との関係強化、新しい設備や装置に関する決定、先を見越した訓練プログラムの検討や実施などに取り組むことになるのです。

 本書の後半は「3つの鍵」の実践編です。3つの鍵はシンプルで簡単に理解できますが、実行するのは決して簡単ではありません。個人と組織のエンパワーメントは困難な道のりで、しばしばフラストレーションが伴います。3つの鍵は互いにダイナミックに関連し合うものとして見ることが大切で、情報の共有は重要な最初のステップですが、エンパワーメントのためには3つの鍵が全部必要であり、どの鍵を重視すべきかは状況によって変わるのです。
 本書のなかでは、3つの鍵によりエンパワーメントされた組織や社員のエピソードが紹介されています。そのうえで、エンパワーメントされた組織・社員でも失敗はつきもので、「すべての失敗は、能力(コンピタンス)を高める機会である」と捉えることが重要であることを指摘しています。ミスが発生した時に、「誰の責任だ?」という問いを発するか、「このミスから何が学べるのか?」という問いを発するかは大きな違いがあります。「誰の責任だ?」という問いを発することで、社員は保身に走り、継続的な改善と継続的なイノベーションの機運を摘み取ってしまうことになります。「このミスから何が学べるのか?」という問いを発し、失敗という言葉の定義が「悪い」や「まちがい」から「学ぶチャンス」に変わることで、社員は自分の仕事のパフォーマンスを考え、見つめ直します。失敗の捉え方を変えることが、社員をエンパワーするのです。

 本書の終盤で、登場する主人公は「会社がエンパワーメントに取り組むようになってから、私は、人間の能力という資産が会社のなかで未開拓のまま眠っていることを痛感しました。会社が自分を信頼し、知恵と能力を発揮してほしいと望んでいることがわかれば、社員の中にある責任感がその人をつき動かします。その社員にすれば、ついに自分の会社と思えるときが到来したようなもので、もっといい会社にしてやろうという気になるでしょう。そんな思いを抱いた社員の知恵とエネルギーを、お客さまに奉仕するという会社挙げてのコミットメントのために結集させることができれば、強い組織が生まれることは間違いありません。」「会社はよくなり、社員は成長し、新しいスキルや能力を向上させていきます。ですから、成長も向上も止まってしまった社員がいたら、この会社には居場所がないと言うしかありません。そういう人は、言われなくても自分から去っていくでしょう。でも、成長したい、能力を高めたい、成果を上げたいと望むなら、その人には会社に居場所があります。そういう人のいる会社は、多くの面で利益を上げることになるのです。」と語ります。

 そして、エンパワーメントを助言する立場になった主人公が繰り返した言葉は、
 「エンパワーメントは魔法ではない。それを実現させるのは、いくつかのシンプルなステップと、やり抜くための強い意志である。」

 本書巻末のあとがきでは、監訳者である星野佳路社長が、エンパワーメントと経営する星野リゾート(1991年に星野温泉旅館を引き継いで以降)の課題を克服していった経験について語られていて、エンパワーメントの具体的事例として大変参考になる話が伺えます。
 エンパワーメントされた組織や社員をつくることは簡単ではないことは十分に承知しています。ただ、星野リゾートのように、エンパワーメントを実践し成果を上げている組織もあります。このような組織をつくってみたいと考えた経営者の皆様に本書を手に取っていただけたら幸いです。また、ケン・ブランチャードの「1分間マネジャー」「1分間リーダーシップ」「ザ・ビジョン」も読みやすく名著として評価が高い著作です。エンパワーメントの理解を深めるうえでも参考になると思います。

【画像は、静岡県島田市の金谷駅から川根本町の千頭駅までを結ぶ大井川鐵道の車両です。】